2009/08/17

26日目、私の心の流れ(前半)


稽古見学が始まって、1ヶ月が経ちました。
刺激的な毎日でした。

蜷川さんの創造の瞬間を目撃出来る!と感動し、
名立たる役者陣を前に緊張した初日。
「さすが」の連続でトキメキ続け、
蜷川さんの演出を一言も逃すまいとペンを動かし
右手は軽い腱鞘炎に。
稽古のレベルの高さに見入り、
スタッフの行動の速さに驚く毎日。
一方で、稽古場の張りつめた緊張感に馴染めず
てきぱきと動くスタッフの隣で見学者という居場所のなさに悩み、
へとへとに疲れ。

そんな状況にもやっと慣れてきた頃に、
突然舞い込んだ絵の話。
「わ・・わたしに出来るかな?!」と思いつつも
貪欲に食らいつき、巨大な絵を描くことに。
モデルに似てないし上手くないし
立体感が出ないし思い通りの色が出せないし、
作業場で他のスタッフが居る中で描く心細さ、緊張。
そういうものにくよくよ悩み始める。
それに加えて今までの自分の制作態度を悔やみ、
なけなしの自信も喪失。
たたみかけるような孤独バースデー。
気を抜いたら涙が出てしまうほど
何故か自分を追いつめる日々。暴飲暴食。
そんな時に先生や先輩や親や友人に助けられ、
徐々に前向きに。
絵が一区切りしてホッとしたせいか、
稽古場に行く時間が遅くなる。
生活も堕落する。
さすがにいけないと思い、再び自分を律することを誓う。
そんなこんなで昨日の夜、帰り道。
「わたしは何でも出来る。」


昨日、次に描く絵「ビデにまたがる女」のキャンバスを買いに、
新宿に行きました。
久しぶりに演劇も観ました。
良かったです。正統派でした。
オリジナルの史劇で、戯曲に厚みがありました。
演出にも一部挑戦がみれて上手いと思いました。
その演劇の言わんとしていることはこれです。
「隠されていることは知らないままの方が幸せだ。
 真実を知ったところで何になる?」
とてもテーマがはっきりしていたので、見る人の誰もが
この問題を考えさせられたのではないでしょうか。
わたしも帰り道、この事を考えていました。
演劇のこと、自分のこと、人生について。
電車に乗る人々を眺めながら
世の中にはいろいろな人間がいるなぁ、と感じました。
あまりにも当たり前のことですが。
急に深い実感のようなものがありました。

そういうわけで、家につく頃には
「わたしは何でも出来る。」
という考えに至っていたのです。(笑)

絵の件に限らず、
わたしが頼まれるようなことは、
わたしは必ずやり遂げることが出来ると思います。
(誰もわたしに3億円貸してとは言わないはずです)
わたしが頼まれるようなことは、
わたしは必ずやり遂げることが出来る。
本気になれば。
努力すれば。

時間的な衝突はどうにもなりませんが、
怠けや甘えを制することは出来ます。

こういう時期も長くはないかもしれませんが、
今、自分の身に降り掛かっていることはすべて
頑張りたいと思います。


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