

昨日、上手くなったと感じた若手男優ですが、
今日は特にそう思いませんでした。
思いおこしてみると、
昨日は台詞にリズムの変化がありました。
この役者さん(Hさん)はいつも句読点の間がありすぎて、
台詞がブチブチと切れてしまうのです。
蜷川さんが一昨日こう指摘していました。
「Hは、論点をきちきちと言うから、頭が良さそうに見える。
こういう人は、論争で他の役者(例えば俺)に勝つ。
それはHの特徴だが、一方で
人間として血が通っていないと誤解されてしまう。
人間性を疑われる。」
この指摘を受けて、昨日は意図的に
台詞のリズムを変えたのではないでしょうか?
今後この役者さんは
句読点を厳守してブレスをいれるのではなく、
時には長い台詞をひとつづきに言ったり、
思いがけないところに間を作ったり・・
私たちが日常でよく「感情のままに」喋るように、
時折リズムの崩しをいれていけば
さらによくなると思います。
なぜこんなことを書くのかと言いますと・・
これは私の練習です。
私は今まで、
良い演出家が役者指導において
一般の人より、圧倒的に優れた洞察力を持っていると
考えていました。
しかし最近、
演出家の「良い」と「悪い」の分岐点は
違うところにあるのだと思うようになりました。
演劇を知り合いと観に行った時、たいていの場合、
良かった役者・良くなかった役者の答え合わせは一致します。
みんな分かるんだと思います。
なんとなくいいな、
惹き付けられるな、
という程度であればどんな観客にも不思議と。
日常で「空気をよめる人・よめない人」がいるように、
個人差はありますが。
私だって、稽古を見学していて
役者の演技についてとやかく思うことがあります。
しかし
それを「言葉」にして役者に気付かせ、
良い方向に導いていけるかどうかが、
先程述べた(最近発見した)演出家の分岐点なのです。
蜷川さんの指摘を聞いて、
「そうそう、私もそう思っていました」
ということはあっても、
私自身、蜷川さんが話したような事を言えるかといえば・・
まったくもってそうではないのです。
この役者が「なんとなく」良いか悪いか
という曖昧なジャッチで止まるのは、凡人です。私です。
しかしそこから発展し
・どこがどう良い、悪いのか → 分析
・まるで◯◯みたいで → 役者本人に気付かせる
・どうすればいいのか → 対策
という項目を確実に言葉にして伝えられる力があって初めて、
役者指導におけるいい演出家だと周りに認められるのではないでしょうか。

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