2009/08/20

28日目、スクエア


『ビデにまたがる女』
ドガの模写です。

『ナタリーの肖像画』
以前のものは稽古用で、今日から本番用を描き始めました。


蜷川さんは役者へのダメ出しの時、
「スクエア」という表現をよく使います。
初めて聞いたときには何のことか理解できなかったのですが
最近はもう分かります。

それは硬い演技や柔軟でない発想を意味します。

例えば動きです。
客席・舞台を意識しすぎて
言葉通り「しかくい」動作をしてしまう時です。
直角な移動、
床に対し垂直な姿勢、
カラダに軸が通っているかのような振り向き。
これらは観ていて不自然で、時として
「ああこれは演技なんだ」と観客を夢から覚ましてしまうことになります。

また、先程「柔軟でない発想」と書きましたが
戯曲の言葉から役の心情を推察せず、ごく普通にやってしまう時にも
「スクエアだ」というダメ出しがはいります。
言葉がただ綺麗に発語されているだけでは
役が置かれた状況や、生きてきた人生の厚みが
観客に伝わりません。


「スクエア」の役者さんを、蜷川さんは崩していきます。
ほぐす、とも言えるかもしれません。
「声を潰すようにして。」
「変化球投げて。」
「人に寄っかかったり。」
役者の動作が不自然な時には
実際に動きを指定することもあります。


日常の生活で「スクエア」の人はいません。
舞台に立つと、緊張すると、あるいは
演じることにリアリティーを感じられないと、
この「スクエア」が病気のようにやってきます。
こういうわたしも完璧な「スクエア」役者なのですが(自覚症状あり)、
ここから抜け出す薬があれば高い金出してでも買いたい、という感じです。
あらゆる「スクエア」役者にとって、
自分が柔軟な演技で舞台上を生き生きと駆け回れたなら・・と
本当に「スクエア」を脱することが望みなのです。
今よりどんなに演じることが楽しくなることか。

生まれ持ったもの、もしくは経験がものを言う
と思っていたのですが、
自ら姿勢を崩したり
声を変えたり
舞台上の他の役者と関わったりすることで
少しずつ改善していくものだということがこの稽古見学で分かりました。

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