休憩も無しにこだわり続けたシーンがあります。
ミハイル・バクーニン(勝村さん)がシベリアから脱走してきて、
ゲルツェン(阿部さん)、オガリョーフ(石丸さん)と
久しぶりに再会するシーンです。
蜷川さんはこの戯曲を読み解くときに、
「男の友情」をひとつの大切なテーマとしているようです。
なぜなら、男の友情の表現にこだわるのは
これが初めてではないからです。
そして男の友情の最大値が、
まさにこの場面なのではないでしょうか。
ミハイルは暴力的な思考ゆえ、
ゲルツェンとオガリョーフに長い間会わないうちに
相変わらず波瀾万丈な生活を送っていました。
革命に参加したことで逮捕され、要塞へ。そしてシベリア流刑。
いろいろな苦労を乗り越え、
容姿もすっかり変わってしまいます。(太ります)
ゲルとオガは、ミハイルが脱走したことは聞いていても、
まさかゲルツェン宅にやってくることは思いもよらないのです。
しかも見違えるほど太っているので、
一目ではミハイルであると分からないのです。
演出家の指示無しにやったとき、
阿部さんと石丸さんは
まるで不審者が入って来たかのような反応をします。
これは誰だ?ミハイルか?
いや、ミハイルがまさか・・
と、不審に思う時間をタップリとっていました。
それに対して蜷川さんは
「受け入れて笑顔になるタイミングを早くして」
その後、何度も何度も指示とやり直しを繰り返し、
爆発的にはしゃぐ男たちを作り上げていきました。
ミハイルが来た驚き、
会わない間の苦労への心配、
そして会えた喜び。
相変わらず嵐のように登場するミハイルと
その元気さ力強さに巻き込まれる
ゲルツェンとオガリョーフ。
この構図がはっきりと分かる、
とても興奮度の高いシーンになりました。
このシーン、
ここまで激しく「男の友情」色を濃くする演出は、
蜷川さん独自のものだと思います。
私にはない発想でした。
私の場合なら、目先の面白さにとらわれてしまうと思います。
(嵐のように転がり込んでくる太ったなれなれしい男、
誰だ?という戸惑うゲルとオガ、
そして「太ったな」というゲルツェンの第一声。)
しかし完成したものを観て思いました。
このシーンはやはり蜷川さんのように
男の友情を優先させたほうが、
ずっと人間味と説得力のある舞台になります。
豊永、惨敗。

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